知人の「かける」という語呂合わせの芸術

近々、歯医者ですね。歯医者で致命的な状態で、地獄の苦しみを味わう事を敗者と言います。と知人のブログ風に「かけて」みました。
かけてなんて言っていますが、何回聞いても単なる語呂合わせで、早口言葉にしか思えない場合があります。

大分とだいぶをかけていたりだとか、正直、いつ見てもうちの母親の花が咲いた、赤白黄色とレベルにそんなに差を感じなかったりするあたり、同年代の人なのかと疑問を感じずにはいられません。

まあどうでもいい事ですが、余りにも面白くない冗談というか、それが芸術になっているという事で、僕としては、それこそ石投げ合戦でも、縄跳びでも芸術になろうと思えば芸術になるんだろうなあと思っていました。

知人元気なんでしょうか。

今変なのに絡まれているのですが、最終的にはこれのバックが危ない連中の可能性もあるので、自分としては、逃げるか、出来れば助言したいくらいなのですが、意外とあの辺の連中って、人の心理に深く突っ込むのがうまく、嘘もうまいため、下手な助言はかえって、無駄になる事があり、仕方ないので、知人が元の生活に戻る事を祈るのみですね。

なんて書いていて、今何時でしょう。とにかく、知人元気でいてほしいです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です